フォトレタッチ40年の変遷― 製版の水洗テーブルから、AI時代の最終調整まで ―

フォトレタッチ

フォトレタッチは「楽になった」のか

フォトレタッチの世界は、この40年で劇的に変化してきた。
フィルムを直接扱っていた製版の時代から、Photoshopを中心としたデジタル処理、そして現在は生成AIによる自動補正まで――技術だけを見れば、作業は確かに「楽」になったように見える。

しかし、現場で長くこの仕事に携わってきた立場からすると、単純にそう言い切れるものでもない。
むしろ「楽になった部分」と「今も人にしかできない部分」が、よりはっきり分かれるようになったと感じている。

本記事では、1990年の製版現場から現在まで、フォトレタッチの変遷を自身の経験を交えながら振り返っていく。


フィルム製版時代のフォトレタッチ

写真は“手を入れて完成するもの”だった

私は1990年、18歳で製版会社に就職した。
当時はまだフィルム製版が主流で、写真は「撮って終わり」ではなく、製版工程の中で整えられて初めて印刷に使えるものだった。

レタッチャーの仕事は、写真を美しくするというよりも、「印刷で破綻しない状態に仕上げる」こと。そのために、数多くの手作業が存在していた。

カッチングという職人技

当時行っていた作業の一つに、「カッチング」と呼ばれる技法がある。
これは、フィルムの銀を溶かす溶剤(当時は減力液と言っていた)を使い、水洗テーブルの上で不要な部分を洗い流すというものだった。

言葉で説明すると簡単だが、実際には非常に難しい。
溶かしすぎれば階調が壊れ、足りなければ効果が出ない。微妙な加減は、経験を積まなければ身につかない技術だった。

正直に言えば、私はこの技術があまり得意ではなかった。
それでも現場では、先輩たちが当たり前のようにこの作業をこなし、写真を「成立させて」いた。

当時を思い出してAIで作成(大体こんな感じの様子)

色調補正は“やり直し”の連続

当時の色調補正は、今のようにスライダーを動かして終わり、というものではない。
スキャニングをやり直し、部分的にはめ込み、焼き込みを行い、濃淡を少しずつ調整する。その繰り返しだった。

一つの判断ミスで、すべてを最初からやり直すことも珍しくない。
時間も手間もかかるが、それが当たり前の時代だった。


デジタル化という急激な転換点

技術は、突然終わりを迎えた

こうしたフィルム製版の技術は、デジタル化の波によって急速に姿を消していく。
体感としては、わずか2〜3年ほどで終焉を迎えた印象だ。

長年培われてきた技術が、一気に不要になる。
現場には戸惑いと不安が入り混じっていた。

自らMacを購入し、Photoshopへ

このままではいけないと感じ、私は独自にMacを購入し、Photoshopを学び始めた。
当時は今ほど情報もなく、試行錯誤の連続だったが、デジタルでのレタッチが今後の主流になることは明らかだった。

フィルム時代の感覚を、どうデジタルに落とし込むか。
それが当時の大きなテーマだった。


Photoshop時代に変わったレタッチの意味

作業から表現へ

Photoshopの普及により、フォトレタッチは「工程の一部」から「表現の手段」へと変わっていく。
肌の質感、色の空気感、写真全体の印象――レタッチが写真の完成度を左右する比重は、以前にも増して大きくなった。

それでも活きる製版時代の経験

一見すると、フィルム時代の技術は無駄になったようにも思える。
しかし実際には、階調を見る目、やりすぎを察知する感覚、印刷を想定した色の判断など、多くの部分が今も活きている。

ツールは変わっても、「どこで止めるか」という判断は変わらない。


生成AI時代のフォトレタッチ

驚くほど“手軽”になった現実

近年、生成AIの進歩は目覚ましい。
大まかな補正や修正は、驚くほど短時間で済むようになり、作業的には確実に楽な方向へ進んでいる。

かつて時間をかけていた作業が、一瞬で終わる。
技術の進化を否定する理由はない。

それでも残る違和感

ただし、AIが作った画像をそのまま使えるかというと、現実はそう簡単ではない。
どこかに違和感が残るものが、まだまだ多い。

大まかな処理はAIに任せられても、最終的な調整――
「ここは触らない」「ここは少しだけ直す」といった判断は、経験を積んだ人にしかできない部分だと感じている。


フォトレタッチの本質は今も変わらない

技術よりも、積み重ね

私は現在も、製版会社の画像担当としてフォトレタッチャーを続けている。
フィルム製版からデジタル、そしてAIへと時代は変わったが、この仕事の本質は変わっていない。

それは、「写真を壊さず、成立させること」。

最終調整は、人の仕事である

AIがどれほど進化しても、最終的な仕上げには人の目と経験が必要だ。
長年の現場で培った感覚は、数値や自動処理だけでは置き換えられない。

フォトレタッチは、便利になった今だからこそ、経験の価値がより際立つ仕事になっているのかもしれない。


まとめ|40年を通して見えてきたフォトレタッチという仕事

フォトレタッチの世界は、フィルム製版からデジタル、そして生成AIへと大きく姿を変えてきた。
作業工程だけを見れば、確かに今は圧倒的に効率が良く、手軽な時代になったと言える。

しかし、その一方で「写真をどう成立させるか」「どこまで手を入れるべきか」という判断の重要性は、むしろ以前より増しているように感じる。
AIや自動化は大まかな作業を肩代わりしてくれるが、最終的な仕上がりを決めるのは、今も人の目と経験だ。

フィルム製版時代に培った、階調を見る感覚、やりすぎを察知する直感、印刷を想定した色の判断。
それらは技術が変わっても消えることなく、形を変えて今の仕事に生き続けている。

フォトレタッチとは、単なる修正作業ではない。
写真を壊さず、伝えたいものを邪魔せず、最も良い形で世に送り出すための「最後の調整」である。

40年の変化を経た今だからこそ、この仕事は経験そのものが価値になる分野なのだと、あらためて実感している。