50歳を過ぎ、これまでの人生でそれなりの経験を重ねてきた私ですが、最近になって自分の考え方や人との向き合い方を見つめ直そうという気持ちが芽生えました。
年齢を重ね、環境が変わったからこそ感じたこと、そして今だからこそ素直に思えることがあります。ここでは、そんな心境の変化について、私なりの率直な思いを簡単に綴っていきたいと思います。
転職して感じた事

敬意
転職してから、気がつけばまもなく半年が経とうとしています。新しい職場での生活にも徐々に慣れ、日々の業務にも落ち着いて取り組めるようになってきた今だからこそ、改めて強く感じていることがあります。
現在勤めている会社で任されている業務内容は、ほとんどがこれまで長年携わってきた仕事の延長線上にあるものでした。そのため転職当初は、「この分野なら問題なくやっていけるだろう」「これまでの経験を活かせば十分に通用するはずだ」と、正直なところ多少の自信を持っていました。
これまで働いてきた職場は人手の少ない小規模な会社で、一人が複数の役割を担うのが当たり前の環境でした。業務の流れ全体を把握し、さまざまな工程に関わりながら仕事を進めてきたことで、自然と対応力や実務スキルも身につき、自分なりに成長してきたという実感もありました。しかし、今振り返ってみると、その自信の中には少なからず自惚れも混じっていたのだと思います。
現在の職場は人数も多く、業務は明確に分業化されています。それぞれの工程には専任の担当者が配置されており、その一人ひとりが積み重ねてきた知識や技術の深さは、私の想像をはるかに超えるものでした。日々の仕事ぶりを間近で見るうちに、「この人は本当にすごい」「自分もまだまだ学ぶことが多い」と感じる場面が増え、いつしか自然と尊敬の気持ちを抱くようになっていきました。
こうした経験を通して、私は世の中の人を見る目が少しずつ変わってきたように思います。一見するとごく普通に見える人であっても、私の知らないところで多くの経験を積み、努力を重ね、その道で確かな実績を築いているのかもしれない。だからこそ、表面的な印象や先入観だけで人を判断してはいけないし、常に敬意を持って人と接することの大切さを、今は以前にも増して強く感じています。
自己中心な人
人を見る目が少しずつ変わってきたことで、周囲の人たちの言動や立ち振る舞いを、以前よりも意識して観察するようになりました。その中で感じるのは、「本当にいろいろな人がいるものだな」という、ごく当たり前でありながらも、あらためて実感させられる現実です。
残念なことに、どんな職場や組織であっても、自己中心的で自分のことしか考えず、常に自分にとって都合の良い方向へ物事を進めようとする人は、一定数存在するものだと感じています。周囲への配慮や協調よりも、自分の立場や利益を最優先し、時には平然と人を利用したり、都合の悪いことを他人に押しつけたりする姿を目にすると、やはり心が重くなるものがあります。
また、人を見下すような態度を取ったり、日常的に不満や文句ばかりを口にし、誰かの悪口でしか会話が成り立たない人もいます。そうした言動に触れるたびに、正直なところ強い違和感を覚えますし、決して気持ちの良いものではありません。むしろ、周囲の空気まで重くしてしまうように感じることさえあります。
だからこそ、そうした人たちの姿を見るたびに、「自分は決してああはなりたくない」と、心の中で強く思うのです。どんな環境に身を置くことになっても、人としての姿勢や、他者への思いやり、敬意を忘れずにいたい。その想いを忘れないように、私は日々自分自身に何度も言い聞かせながら過ごしています。
まとめ
転職という環境の変化を通じて、私はあらためて「人を見る目」と「敬意の大切さ」について考えるようになりました。これまでの経験や自信が、知らず知らずのうちに思い込みや慢心につながっていたことにも、今になって気づかされます。
世の中には、表からは見えない努力や経験を積み重ね、高い専門性を持って働いている人が数多くいます。その一方で、自己中心的な振る舞いや、人を軽んじる態度に違和感を覚える場面があるのも事実です。だからこそ、人を安易に判断するのではなく、敬意を持って接する姿勢を大切にしたいと、強く思うようになりました。
私自身もまだ道の途中です。これから先の人生の中で、また新たな気づきや学びがあるでしょう。その一つひとつを無駄にせず、人として少しずつでも成長していけたらと思います。年齢を重ねた今だからこそ得られたこの気づきを胸に、これからも人との関わりを大切にして歩んでいきたいです。


